Choueke Family Residence

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KOICHI NOMIYAMA (1900-1984)

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(その四)アマチ収容所

日米間は1941年12月7日日本軍の真珠湾攻撃によって戦争状態にはいりました。
日本人は敵性外国人となってしまいました。特に西海岸に住む日本人一世、二世は厳しい立場に追いやられました。カリフォルニアの日本人町はすぐにガスも電気も物流機能も絶たれ、全くのマヒ状態であったといいます。アメリカ政府はカリフォルニア州、ワシントン州、オレゴン州に居住する日系人にこの地域からの立ち退きを勧告しました。1942年3月29日の立退き期間までに内陸部に移住した日系人は10万300人余と言われ、1942年10月末までに11万7116人と言われています。

 

アマチ収容所の全景
アマチ収容所最後の日
収容所の部屋の様子

 

収容所の建設は1942年6月12日から着手され、8月に開設されました。 その間、十二万人もの日系アメリカ人が、全米16か所の
集結センターに追われました。この集結センターは競馬場、博覧会会場、家畜品評会場等が使用され、日常の生活環境にあるものではありませんでした。ここで日系人は100日程過ごした後、遠く離れた10か所の戦時再定住センターに移動させられました。日系人収容所というのはこの戦時再定住センターのことです。
許山孝一夫婦もこの中に含まれていたのでしよう。これらの強制収容所生活は一部を除き1945年10月まで続いています。
許山さんが収容されたのはコロラド州グラナダ収容所(Granada War Relocation Center)です。通称アマチ収容所と呼ばれたところで、コロラド州の南東部にあり、1942年8月に開設されました。10カ所の収容所の中では最も小規模のもので、約10500エーカーの土地に7318人が収容されていました。
コロラドの荒野の果て、有刺鉄線に周りを囲まれ、武装兵士に監視されて、日系人はこの収容所で4年もの歳月をどのように生活したのでしよう。
コロラド州の知事ラルフ・ローレンス・カー氏は人種差別的要素を否定する人物であったので、比較的人道的対応であったと言われていました。戦後、彼の銅像が建てられたと言われていることから収容された日系人に好意を持たれていたのかもしれません。

 

許山さんはこのセンターの中で成人教育の一環として画家仲間の上山時雄さんと 絵画を教えるようになりました。日本人に一日三時間、週三回の絵画教室を開きました。その時の「アートスタジオ」(絵画教室)の前での写真です。
ドアにクラスが開かれる曜日と時間が貼られています。
右から許山さんと上山時雄さん、左は成 人教室の生徒さんの鶴田芳雄さんです。

絵画教室の前の許山孝一さん

 

 

アマチ収容所のレクレーション・ホールで絵の展覧会が行われました。1943年3月28日に絵の前で取られた写真です。左より許山さん、鶴田さん、上山さん。許山さんの後の壁には許山さんが描いた女性の絵が半分見られます。

収容所絵画教室のポスターの前で

 

 

1945年8月日米の終戦締結後の翌年、1946年の10月より11月までにはすべの収容所が閉鎖され、各収容所に収容されていた人達は着の身着のままで元の所へ戻ったといいます。
許山さんはそれ以前に東部地域に移動することを申請し、ニューヨークへ移 動を希望しました。1945年 3月26日付けで、収容所長James G Lindle     
に推薦されて、ニューヨーク行きの許可が出ています。

絵画教室の生徒さんと許山さん

 


「彼は大変能力のある芸術家であり、絵画の優れた教師でもあります。彼は主に絵画の教師としてCenter に常に雇用されていました。彼の態度と行動は大変よいものでした。彼の雇用の為には喜んでいかなる方にも推薦します。」という内容の手紙が残されています。
許山さんがアマチ収容所を退去出来た月日は明確でありませんが、3年間は収容された後に、許山さんの八年間のニューヨ-ク生活が始まるのです

下記の絵はキャンプに収容されていたヘンリー・杉本さんとジャック・山崎さんの収容所での生活を描いたものです。 ヘンリー・杉本さんは1943年、ジェローム収容所にいました

 

ヘンリー・スギモト「My Son Wounded in Action」

ジャック・ヤマザキ「Untitled (done in camp)」

 

   
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